難病患者も生きている◆『困ってるひと』大野 更紗

ビルマの難民支援に奔走していた25歳女子がナゾの病にかかり、複雑怪奇な社会保障制度に翻弄されつつたくましく生きていく決意を胸にジタバタするエッセイ。…という説明で合っているのかどうか。ネットで連載されたものの書籍化で、今話題になっているらしい。

診断まで一年かかったというその病名は「筋膜炎脂肪織炎症候群」と「皮膚筋炎」。皮膚筋炎は私の持病と同じ疾患。私の場合は皮膚の症状がないので病名が「多発性筋炎」となっている。筋炎はリウマチなどと同じ、自己免疫系の疾患で、膠原病の一種。通常は自分自身を攻撃しないはずの免疫システムがおかしくなって、筋肉が(自分自身を攻撃して)炎症をおこす、というやっかいな病気。厚労省の「難病」に指定されているので治療費などの補助がある。

私の場合は約10年前、27歳で発症した当初から、ステロイド剤(副腎皮質ホルモン)の服用のみで治療。最大で30mg/日、一番減っていたときで7mg/日。本にも書いてあるけれど、ステロイドは「魔法の薬」。それまで痛くて怠くて動けなかったのに、飲んだ翌日くらいからは身体が軽くなって、筋炎の症状はどんどん治まっていった。すごい。と思うのだけど、本当の戦いはそこからで、数ヶ月、一年、二年と飲み続ける間、むくみ、不眠、食欲増進、体重増加、脂肪沈着、ムーンフェイス(満月様顔貌)、多毛、耳鳴り、などなど、重いモノから軽いモノまで多種多様な副作用とお付き合いしなければいけない。

医師は、筋炎本来の症状が抑えられて、糖尿病などの重篤な副作用がなければそれでよし、とする人が多い気がする。つまり、副作用で多少日常生活に影響があろうと、フルタイムで仕事ができなかろうと、顔が真ん丸で体重も増えて外出したり人に会ったりするのに躊躇してしまおうと、「生きて」るんだからそれでいいじゃない、という考え方。

医師が一生懸命なのはわかるのだけど、これは少なからず患者を傷つける。きっともっとひどい人を診ているのだろうなとは思うんだけど、「検査結果はいいですね」「痛みはないですね」「もうちょっとこのままの(薬の)量でいきましょう」などと言われると、いや全然よくないです、という気分になるのだ。

『百万回の「よくなってます」より、一回の「よくやってます」』のが嬉しいと、更紗ちゃんも書いている。副作用がどうしようもないことはわかっているし、別の薬を増やしたくもないので、医師になにもできないことはわかっているんだけど、せめて「大変だけどがんばろうね」とねぎらいの言葉をかけてもらえれば、「よしもう少しがんばってみよう」という気にもなる。または日常生活で何がつらいのか、聞いてもらえるだけでも違う。

医学的には関係ない話でも、「友達と頻繁に会えないのがつらい」とか「太っちゃって洋服代がかさむ」とかそんなことでも聞いてもらえれば多少は治療に前向きになれるのに、と思うこともある。ステロイドの副作用で鬱というのがあるけれど、これって薬のせいだけじゃなくて病気と共存する生活でのつらさの影響もあるんじゃないかと思う。自分の症状を他人にわかってもらえない。わかってもらえないということをわかるまでに時間がかかるのだ。更紗ちゃんも最後にはその境地に達したようだけど。

医師が患者の精神面までぜんぶ面倒を見るというのは現実的じゃないと思う。すべてを引き受けていたら、医師が診られる患者の数は限られてしまう。だから、(癌なども含めて)長期的に治療しなければならないような疾患の場合は、身体的な症状を治療する医師と、カウンセリング担当をチームにして患者さんの精神面も含めてケアしてくれれば治療効果も上がるのではないか思う。私の場合は、漢方や鍼灸などに通うことで、西洋医学の担当医とは違う意見を聞けたり、生活面の苦労を聞いてもらったりしてなんとかバランスを保ちながら病気と共存している。

この本の著者の病状は私よりもかなり、かなり大変そうなのだけど、毎週末外出許可をとってお引っ越しを強硬したり、ひとり暮らしを選んだり、自分で自分を追い詰めている面もあるんだろうなという気もする。都会でのひとりでの入院生活、大変そう。田舎の両親の近くの病院や実家でゆっくり過ごしたほうがいいんじゃないか、とも思ってしまう。ほんとうに、病院で生活するのと、自宅で生活するのでは日常生活にかけるエネルギーが100倍くらい違う。だからひとり暮らしなんて非現実的で、できるなら家族と同居して家事負担を減らしながら静養するというのが理想。しかし、更紗ちゃんは、家族じゃなくて、社会制度を頼って自立。複雑怪奇なそのシステムのおかしさを世に問うているのである。それはそれで世のため人のためになってるけども(本もベストセラーになっているし)、病気を治す、という意味から考えると、その生き方でよいのかどうか、考えてしまうのであった。

医療制度から考えれば、難病の人も地方できちんと診察、治療が受けられるようなシステムが必要だろうし、東京でしか治療ができないならば、介護する家族も滞在できるような補助も必要だと思う。

家族のいない難病患者が自立して生きていけるような社会にすることはもちろん大切。健康な人と同じようには働けないけれど、できる範囲で仕事もできたら、補助を受けるばかりではなく、社会に貢献して納税者にもなれる。生きる意欲も湧く。

難病患者なんて、社会のマイノリティなんだろうけども、こんな人たちもいるということを世に知らしめた著者には敬意を表したいと思う。がんばれ更紗ちゃん。

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