至福の時◆「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」

「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」
Bunkamuraザ・ミュージアム 2008年8月30日-10月26日

好きな絵は? と聞かれて、好きな作家と絡めて「あの作家のこの絵」と答えることは多いけれど、ずばりこの一枚、と言われると困る。それでも、たぶん、ベスト5には入れると思うのが、今回展示されていたミレイの「オフィーリア」。

シェイクスピアの「ハムレット」で、悲劇的な死を遂げる少女を題材にしたこの絵には、なぜか惹きつけられる魅力があるのだ。ハムレットに裏切られたを思い精神を患い、川に落ちて流されながら死にゆく少女。自分の運命を理解しているのかいないのか、その目はうつろだ。

私自身、「ハムレット」のこの場面が好きで、果たして、この絵を見たのが先だったのか、「ハムレット」を読んだのが先だったのか…。たぶん、絵の方が先だったような気がする。きっと「ハムレット」を読むときにミレイのこの絵を思い浮かべて読んでいたのだろう。ほかにもオフィーリアを描いた絵はいくつかあるけれど、そのどれを見てもピンと来ない。オフィーリアの死の場面は、ミレイの描いた絵以外には考えられないのだった。

大学時代にロンドンのテート美術館で実際にこの絵を見たときには感動した。体調を崩して今は海外旅行どころではないので、まさかもう一度本物が見られるとは思いもしなかった。

こういうときは、つくづく、日本に住んでいてよかったと思う。Tokyoってすごいところだよ。

日本で、ミレイの絵を集めた展覧会って初めてのような気がする。私自身も、ミレイの他の絵ってあまりよく知らなくて、たぶんテート美術館でいくつか見たと思うのだけど、すっかり記憶の彼方。今回展示されていたものを見ても、画集で見たのか本物を見たのかわからないけれど、なんとなく知っているというものは数点あった。

改めて見てみると、この人、すごい。その緻密さ、リアリズムの追求、そういうところもすごいのだけど、驚いたのが色彩感覚。見た後の、その色の鮮やかさが鮮烈に印象に残る。それは彩度の高い色だけじゃなくて、ドレスの白、スーツの黒も含めて。

「マリアナ」のベルベットのドレスの青なんて、ものすごい。これは印刷では到底再現できないだろう。実際、販売されていた額絵はひどいものだった。

「オフィーリアの死」では緑。緑って、使うのが難しいのだ。それが不自然でなくそこに存在していることが驚異的。もうびっくり。

色彩に注目して見てみると、微妙な色合いを効果的に使っていることがよくわかる。それが、衣服の質感などと相まって、見ていてとても気持ちいい。衣服は、その素材がとてもよくわかる。つい、手を伸ばして触りたくなるような柔らかなドレス。細かな刺繍。子どもの花柄のワンピース。

子どもたちの目には強い意志が感じられて、可愛らしいのにどこか近寄りがたい崇高な印象を受ける。

この人の絵って、徹底的に作られた演劇的空間なのよね。オフィーリアにしても、実際のオフィーリアじゃなくて、オフィーリアになりきってオフィーリアを演じている女性に見えるのだけど、もともとオフィーリアは劇中の人物なのだから、それは間違いではないのだ。要するに、死にゆく人を演じている人だから、死の悲壮感というものを感じるものの、内心ではこの人は本当には死なないのだ、と安心している自分がいる。徹底的に細密に描写された背景の自然。手前でつくりものの死を演じる女性。生と死、現実とつくりものが交錯する不思議な世界なのだ。

とにもかくにも、日本で、これだけの絵を一度に見られるっていうのはなんて幸せなんだろう。この展覧会を企画した人に感謝。

ジョン・エヴァレット・ミレイ展
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/08_jemillais/index.html

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