女性が虐げられる世界◆『侍女の物語』マーガレット・アトウッド

Huluが制作したドラマ「ハンドメイズテイル」の原作。

小説が発表されたのは1985年で、ベストセラーになったそうだけど、あまり記憶にない(当時子どもだった)。その後(大人になってから)どこかで書評を見かけて気になっていたところに、WOWOWでこのドラマの放送が始まったのでシーズン1から3まで見た。シーズン4は米国でこれから配信予定のよう。

シーズン1の放送を見て、原作を読みたくなって探したのだけど、そのときにはまだ電子書籍版がなくて断念。最近また探してみたら電子書籍版が出ていたのでさっそく購入した。

出生率が下り、出産できる女性が、子どもを産む役目を負うために侍女として政府高官の家庭に派遣される仮想世界。ディストピア小説なのだけど、既存の国を廃して、ある宗教観に基づく新しい国が作られるという設定なので、現代と地続きの世界。しかも女性の地位や権利は著しく低く、出産できない女性たちは料理や家事を担う女中として働かされているし、また高官の妻たちですら自由が制限されている。女性は文字を読むことを禁止され、違反すれば厳しく罰せられる。

ドラマでは小説の設定を踏襲しつつ、かなりストーリーが膨らませてあって、見応えがある。先にドラマを見てしまったので、小説のほうではどうなっているのかと気になりつつ読み進めたけれど、全体的な世界感やメッセージはドラマも小説も同じように感じた。

小説ではほんの少ししか触れられていないようなエピソードをドラマ版では大きく取り上げていたり、少し設定を変えたりはしてある。なので、ドラマで見たエピソードはこのたった1行の部分から膨らませたのか、と感慨深く思いながら読むところが多かった。

ドラマで見ているせいもあるかもしれないけれど、30年以上前の小説とは思えないくらい、現代にも通じるテーマと内容で、世界はあまりよくはなっていないのだと絶望感にもさいなまれる。

小説は最近になって続編が発表されているのでそちらも読みたい。ドラマにも反映されているのかな。

(電子書籍で読了)

政治家としての資質を問う◆『女帝 小池百合子』石井 妙子

センセーショナルな内容でSNSでも話題になっていた本。読了してから時間が経ってしまったので内容の詳細は忘れてしまった部分も多いのだけど、テレビで見る小池百合子氏のイメージと、彼女の歩んできた道、そしてご本人の言動と実際の記録や周辺の人々の証言の不一致について、丹念な取材に基づいて描かれているノンフィクション。

小池氏自身、魅力的な人柄で華があって、テレビで見るイメージはとてもポジティブで仕事のできるオンナ。しかし、言動を追っていくと、時系列がおかしかったり、辻褄が合わない部分が多い。タレントとしてはいいのかもしれないけれど、政治家としての資質を疑うような事実の数々。

経歴詐称問題など、解明(解決)されていないものも多くて、本当にこの人でいいのか、と思える。そして、この本の内容を踏まえて、最近の都知事としての小池氏の動向を見ると、「ああ、なるほどね」と頷ける場面も多い。マスコミに対するアピール、キャッチフレーズ作りは上手く、わかりやすいのだけど、それに実行力が伴っていない。実際はなにもしていないのに、なんとなく、「やってる感」があって、なんかスゴイと思ってしまうのだった。

とはいえ、この本の衝撃度に対して、都民や世論の反応は鈍く、マスコミの取り上げ方も生ぬるく感じる。

(電子書籍で読了)

映像で見てみたい◆『マチネの終わりに』平野 啓一郎

新聞連載中からウェブで無料公開していて、その発表方法が面白いなと感じていた小説。じわじわと話題になって、映画化。

ミステリーでもSFでも時代劇でもない恋愛小説が苦手。なので、話題になってもなかなか読む気にはならなかった。しかし、新聞に連載していたときからちらちらと見ていたこともあり、福山雅治と石田ゆり子主演の映画はちょっと見てみたいと思ったので先に小説を読んでみた。

想像以上に大人の恋愛小説で、途中で読むのが辛くなってしまったけれど、なんとか読了。恋愛小説でも、若い子の、というか2人がラブラブでドキドキ、みたいなものはまだいいのだけど、大人の恋愛は、じっくり、じわじわと攻めてくるので辛い。

しかも、音楽家の苦悩やらイラク戦争やら、エピソードが重い。そして、すれ違った2人がなかなか会えない。遠い異国にいてもインターネットを駆使して愛を育む2人。しかし、肝心なときにトラブルと第三者の思惑が交錯して通じ合えない。いやいや…それはないでしょうと思いながら、現実世界でも似たような行き違いはあるだろうし、結果としてこの小説のような展開になることもあるのだろうなと思うことにして読み進める。

お互いを想いながら別々の人生を歩む2人。そして周囲の人々。それぞれに感情移入できるキャラクターがいそう。小説もいいのだけど、やはり、音楽が重要なポイントでもあるし、映画やドラマでそれぞれのキャラクターが動いているところを見てみたい。

小説での思わせぶりなエンディングも、映像作品では制作者の裁量でいかようにもできそう。

(電子書籍で読了)

ディープな戦い◆『ストーカーとの七〇〇日戦争』内澤 旬子

だいぶ前に読了してたのだけど、ここに書くのが遅くなってしまった。読み終わった直後の感想じゃないのでちょっと熟成されてしまってるかも。

今現在、ご自身や身近な方がストーカー被害に遭っている方も、これから遭いそうな方も、まったくそんな心配はないよっていう方でも、読んでおいて損はないであろう1冊。

著者はイラストレーターで文筆家。以前からエッセイや挿画を担当された本を読んでいたので馴染みがあったこともあり、実体験エッセイのような気持ちで読み始めたのだけど、想像以上にディープな世界だった。そして想像以上に被害が深刻で、解決までにかなりこじれてて、これ、本にして大丈夫なのかなと思うところも多々。

しかし、(まだ読んでないけど)癌の闘病やら家畜を自らの手で育てて屠畜して食べるとか、かなり常人離れした生活をしてそれを文章に書くというお仕事をされている方なので、このネタを書かずにおれるかという意気込みも感じたのだった。そういう勢いのあるところが好きなのだけど、ことストーカーへの対応に関しては、「いやいや…それはちょっと…」と思う部分もありつつ、いや、だからこその内澤旬子、と思う部分もあり。

作家さんのストーカー被害ということで、ファンの方がこじらせてしつこくつきまとうような被害を想像して読み始めたのだけど、実は恋愛関係のもつれが発端で、十分に一般の方々にも当てはまるような体験談が綴られている。自分自身に当てはめれば、ストーカー化した相手に、第三者を挟まずに直接連絡するとかあり得ないのだけど、それをやってしまうし、しかもそれの何が問題かをあまり理解してなさそうなところもあって、ストーカー被害をこじらせてしまう被害者側の気持ちのようなものもなんとなくわかった。

いや、理解はできないのだけど、そういう人もいるのか、と勉強になった。ストーカーとは違うのだけど、ネット上でのいざこざでも、どうしてそこで(問題をこじらせるような)そういう行動を取るかな…という方がいて、ナゾだったのだけど、彼らの中では自然な思考回路なのだな。

とはいえ、この本の中で著者が体験した警察や司法関係者などとのやりとりは、実際に被害に遭っている方にはとても参考になるのではないかと思う。やりとりの中で、警察、検察の思惑や逮捕までの労力も垣間見えて、被害者救済が簡単ではないことがよくわかる。

(電子書籍で読了)

調律師というお仕事◆『羊と鋼の森』宮下 奈都

音楽の素養はないのだけど、一応、ピアノは幼児の頃から習っていて、ちっとも上達しなかったけれど高校生までゆるゆると続けていた。絵を描くことと違って、自然にピアノを弾きたくなったりすることはなくて、やはりあまり向いていなかったのだと思うし、そもそも音楽を聴いたり、楽器を演奏したりすることは、生活の中で、自分にとって重要なことではなかった。と、だいぶ大人になった今になって思う。

それでもピアノを習っていたことは、自分の人生の中の土台のひとつで、それなりに大きな比重を占めている。ピアノの、音楽の、ままならなさ。楽譜から音に変換するという作業。同じピアノ、同じ楽譜なのに、先生は上手に弾けて(子どもの頃はそれが当たり前だと思っていた)、自分は上手く弾けない。お手本となる音楽が、自分の中にないから、最終的にどこを目指して練習しているのか分からなかった。だから、続かなかった。コンクールに出るとかそういうゴールじゃなくて、自分の中に、奏でたい音楽というものがなかったのだと思う。その頃はなぜ上手く弾けないのか、なぜ上達しないのか、なぜ練習が嫌いだったのか、よくわからなかったけれど、今なら、そう思う。

絵を描くことに関しては、逆に、誰に教わらなくても自分の中に描きたいものがあったり、完成図は分からなくても「描く」とか「造る」という作業自体が好きで、手を動かしていた。だから、きっと、音楽をする人たちは、自分の中に自分の音楽があって、そうせざるを得ない衝動があって、自然に音が紡ぎ出されるんだろうな、と思う。

絵と音楽、両方を体験して、そういう違いが分かった。

だから、本の中で、ピアノを弾かない(弾けない)、音楽にも詳しくない主人公の男子高校生が、ピアノの調律の場面に立ち会ってその職業にすうっと惹かれてゆくというのも、なんとなくすんなりと理解できた。たぶん、自分の中にもともとあったものが、調律師という職業と出会ってぴったりとはまったのだ。

我が家のピアノも年に一度、必ず調律に来てもらっていた。ずっと同じ調律師さんで、家族で唯一ピアノを弾ける私が、ほとんど(というかまったく)弾かないので、いつも「あまり弾いてないですね」と言われてしまっていた。8年くらい前に家のリフォームを機に、ピアノも処分することにして、その調律師さんにお願いして買い取りをしてもらった。我が家のピアノのことを、持ち主よりもよくわかっている調律師さん。弾いてないけど状態はよいので、それなりの値段で引き取ってもらえた。ほとんど弾かなかったとはいえ、30年以上も我が家にあって、それなりに愛着もあったので、きちんとわかってる人に引き取ってもらえてよかったと思う。悔いは無い。

そんないきさつもあって、ピアノの調律師さんという職業に多少の親近感がある。小説を読みながら、我が家に来てくれていた調律師さんはどういう経歴だったのだろうと思いを馳せた。学校のピアノの調律も多く請け負っていたようだから、その調律を見て調律師を目指した学生さんも、もしかしたら、いたかもしれない。

調律師の物語ではあるけど、一種のお仕事小説で、青春小説で、主人公の成長物語でもある。決して天才ではないけれど、等身大の自分を見つめながら一歩一歩進んでゆく主人公に好感が持てる。職場の楽器店の調律師さんたち同僚も個性的で、それぞれに違った風味の温かみがあり憎めない。ふんわりとじんわりと心に残る小説だった。

第13回本屋大賞受賞作。

(電子書籍で読了)