コビトカバ、マッチ箱、洋館、病弱な少女、ドイツからやってきた老婦人…。小川洋子さんの世界には魅力的なキーワードがいっぱい。マッチ箱の絵柄から物語を紡ぎ出す少女ミーナ。きっと、小川さんもキーワードから物語を紡ぎ出しているのだろうなと思った。
ミュンヘンオリンピックの年。ちょっと懐かしい日本を舞台にしているのだけど、時代を感じさせつつ、少女の心に共通する普遍的ななにか、時代に左右されない瑞々しい驚き、感動、ちょっとした挫折、小さな恋心を描いていて、時代が懐かしいのと同時に少女だった頃の自分を懐かしむような作品だった。
コビトカバに乗って通学するなんてありえないと、大人なら思うのだろうけど、子どもにとっては大人の常識は驚きに値するものも多いのだから、コビトカバで通学することだって大人の世界では常識なのかもしれない、と納得してしまうのかも。少女と大人の間のトモコはミーナの家族の常識を、驚きながらも受け入れて、その世界に入り込み、満喫している。なんて羨ましい。
平凡な日常から不思議の国に迷い込んだアリスのよう。外の世界では非常識なことも、その世界では常識で、そこの住民たちはそれを享受して、楽しく暮らしている。ドイツからお嫁に来たおばあさんの家族の悲しい物語も、ミーナの淡い恋も、過去にあった動物園の名残も、その世界になくてはならないもの。ひとつが欠けても世界が成り立たないものなのだろうな。そしてその世界に迷い込んだトモコも、その世界の重要な要素のひとつなんだろうな。
なんだか、物語全体が、ミーナがマッチ箱の絵柄から想像して細かい字で箱に書いた物語のような気がしてきたのであった。