病床で死の前日まで歌を作り続けた歌人、河野裕子さんの遺作集。苦しい闘病生活をうかがわせる歌も多いのだけど、家族への思いや自然へのやさしいまなざしを感じる歌が多くてあたたかい気持ちになる。
抗がん剤の影響で食べ物が食べられなくなって、痩せていき、腹水が溜まってお腹は膨らむ。食べ物や食べることに関する歌が多いのは、「食」が「生」に直結しているということなんだろう。最後まで、美味しく、食べられること、それが生きる喜びに繋がると思う。点滴だけで、生きながらえることはできるけれど、生きている実感は半減してしまうのではないか。
先日亡くなった私の叔母も癌で、最後はほとんど食べられなかった。叔母は河野さんのような表現手段を持たないし、言葉もつたなくて、闘病生活の苦しさをうまく私たちに表現できなかったし、私たちも理解できなかった苦しさがあった。同じ癌で、最後はホスピスに入った河野さんと叔母の病状に共通するところがあって、河野さんの作品を読んで、叔母もきっとこんな気持ちだったのかなと思うところが多かった。
まだ生きたい、という生への執着。食べたいけど食べられないというもどかしさ。行きたいところに行けない悲しみ。やりたいことがやれない焦り。残してゆく家族への思い。
たくさんの感情がないまぜになって、揺れ動いて、病を受け入れたり、受け入れきれなかったり。
叔母の愛犬は叔母が亡くなる少し前に亡くなったのだが、河野さんの愛猫も河野さんより少し前に天に召された。そんなところまで似ている。きっと、かわいがっていた動物たちが彼女たちを迎えてくれたはず。そう思うと少しだけ安心する。