ふわふわ、きらきらの世界◆『はなとゆめ』冲方 丁

電子書籍版で読了。電子書籍版は、カラー挿絵入りの電子ビジュアル版と、挿絵なしの通常版があるようで、私が買ったのは電子ビジュアル版。eペーパーのモノクロの端末だとイラストも白黒になってしまうのだけど、遠田志帆さんのイラストがきれいだったのでビジュアル版で購入した。

液晶画面は眩しいのでeペーパーのほうが読みやすいのだけど、イラストをカラーで見たかったのでiPhone6Plusの大きな画面でイラストも堪能しつつ読んだ。思った通りの美しいイラストで、ビジュアル版を買ってよかった。

舞台は平安時代。主人公は「枕草子」を書いた清少納言。一条帝の中宮、定子(ていし)に仕えた清少納言の一人称で語られる華やかな宮中の物語。なのだけど、どこかふわふわ〜っとして、キラキラっとし過ぎていてリアリティがない感じ。作者が男性だからなのか、女性独特のあくの強さというか、どろどろっとした嫉妬や確執なんかがない世界。男性から見た、理想的な、女性の世界なのかもしれない。女同士って、こんなにきれいじゃないよ。

男性の権力争いに巻き込まれながらも強く生きる定子と、そんな定子を尊敬し、守ろうとする清少納言。年若いながらも賢く優しく非の打ち所のない定子の周りには彼女を慕う女官達が集まる。女の世界だから、イジメとかありそうなのだけど、そういうものは描かれず、ひたすら定子のすばらしさが描かれる。

もうちょっと、ダメなところもあったほうが人間らしく魅力的だと思うのだけど、なんだか完璧すぎて、作り物みたいだと思ってしまった。そんなに完璧なら、同性から見れば、憧れや尊敬と同時に嫉妬心も生まれると思うのだけどそういう黒い部分は描かれない。

清少納言には子どもがふたりもいたのに、成長した姿はまったく出てこないし、幼い日の姿もほとんど描かれない。この時代、自分では子育てをしないとはいえ、子どもとの関わりがまったくないということはないだろうと思うのだけど、物語の中からはさっぱりと切り捨てられている。ひたすらきらびやかな宮廷の恋の世界には子どもや、親子の情は必要ないということなのだろうか。

のちに絶大な権力を持つことになる藤原道長は自分の娘の彰子(しょうし)を入内させるために邪魔な定子を追い込む。このあたりのことは、なんとなく歴史の授業で習ったような、他の小説で読んだような。陰陽師の安倍晴明も、道長側として少しだけ出てくる。たしか彰子に仕えていたのが紫式部。でも紫式部は出てこない。なので、ちょっと消化不良だった。

この時代の人物の名前は似ているし読み方は難しいし血縁関係が複雑で、前半はかなり混乱。電子書籍だとパラパラと戻ることも面倒。ネタバレにならない程度に、登場人物の系図があればいいのにというのと、その系図(と名前の読み方)を電子書籍の端末やアプリで読んでいる途中で簡単に参照できるといいのに、と思いつつ読み進めた。

清少納言が宮中から下がって引きこもっている時に誰に見せるともなく書いたものが、やがて宮中で広まって中宮、定子の目にもとまる。それが「枕草子」。そしてそれら殿上人たちの反応を伝え聞きながら、「枕」はさらに書き加えられてゆく。その様子は、まさしく現代のブログに通じるものがあるなぁと、そこはものすごく共感した。作者はもしかして、これが言いたかったのかな。

個人的にはもっとどろどろっとした世界が好きだけども、ふわふわっとした世界はそれはそれで居心地よく、読みやすい作品だった。平安時代のきらびやかな世界に触れたい人にはよい本なのではないかと思う。

私の場合は、夢枕獏の「陰陽師」や、紫式部の「源氏物語」寄りに、人間の業とか性(さが)とか、そういうものを求めてしまうのかもしれない…。


大人になるっていうこと◆『逢沢りく』ほしよりこ

iPhone6s Plusで電子書籍版で読了。ほしよりこさんの独特の紙のザラッとした感触が味わえないのが欠点だけど、外出先でさらっと読み進められるのは電子書籍のいいところだと思う。電車の中で一気読み。

第19回「手塚治虫文化賞」のマンガ大賞にも選ばれた本作。すでに評価が高いのでなにも言うことはないのだけど、ともかく、噂通りのすごいマンガだった、という感想。

1974年生まれの著者と同い年なので、感覚としては近いものがあるのかなと思いながら著作を読んでいるのだけど、そんなこと関係なしに、年代を超えて訴えてくる力強さのある作品群だからこそ、評価されるのだろうな。

この作品にしても「きょうの猫村さん」にしても、平成とも昭和とも言えない、ちょっとノスタルジックな時代設定で、同年代から上の世代には懐かしさを、下の世代には新しさを感じさせる作風。いや、下の世代が新しさを感じているかどうかは正直わからないけど、なにかこう、現代の便利さとはかけ離れたのんびりとした時代感がいいのではないかなと思う。

鉛筆描きで、セリフまで手描きという手法。学生時代に書いていたノートの落書きとか、教科書の隅に書いていたパラパラ漫画の延長のような懐かしさ。

引き込まれて読んでいくと、小さなエピソードの積み重ねで深みを増す物語。主人公の逢沢りくは、周囲とは距離を置いて、冷めている女子中学生なのだけど、実は寂しさを抱えていて本人もそれに気付いていない。大人と子どもの中間で、大人の前では子どもを演じ、心の中では自分は大人だと思っている、そんな子。

とても特別な存在で周囲から浮いているようにも見えるけれど、実はごく普通の子なのだと、読者は気付いている。逢沢りくみたいに美人でも冷めてもいなかったけれど、自分の中学生時代もそんな風に大人の自分と子どもの自分を行ったり来たりしていたなぁと、誰もがそう思う部分があるのではないだろうか。

そんな、「大人っぽい中学生を演じている」逢沢りくが、賑やかな親戚の家に預けられて、大人でも子どもでもなく、そのままの自分を受け入れていく、そんな物語になっている(と思う)。どんなに賑やかな家族でも抱えている苦しみはあるし、どんなに冷めた家族でも表に出てこない愛情や幸福もある。そういうことを知ることが、大人になる、っていうことなんだろうな。


陰惨な無人島もの◆『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング

だいぶ前に、「新潮文庫の100冊」に入っていたのを買ったのだけど、今の「100冊」には入ってない。しかも現在はどこの出版社のものも、古書でしか入手不可能のよう。何度も映像化もされているようで、DVDはいくつも販売されている。

無人島ものは好きなジャンルなのだけど、大抵は知恵と勇気と忍耐力で生き抜く物語。複数人であれば意見が対立しつつも協力しあって生き抜こう、という話になるわけだけど、この作品の場合はどちらかといえばホラー。救いがない。

子どもたちの無邪気さや純粋さというものが裏返しになって、人間の本能的な殺戮願望のようなものが理性という抑圧がない状態で解放されてしまうような、そんな話。

無人島だからこそ成り立つ無法でサバイバルな状況で、野生の豚を狩り、解体し、喰う。そしてあげくには仲間だったものまでも殺し、狩る。なんとも陰惨で読み進めるのが辛かった。しかしこれが人間の原始の姿なのかもしれない。そこから、法や秩序が生まれてくる、そんな物語だったらよかったのに、逆に、始めにはあったはずの秩序が崩れてゆく様が書かれているのだった。

陰惨であるが故に、心に残ってしまう物語、とも言えるのかもしれない。

なるほど青春小説◆『火花』又吉 直樹

又吉直樹さんの芥川賞受賞作。電子書籍で読了。すらすらと読みやすくてわかりやすい内容だった。

又吉さんは熱烈な太宰治ファンとのこと。私は太宰は「人間失格」をわりと最近になって読んだくらいで、あまりよく知らない。だけど、「人間失格」と並べて読むと、なるほど納得。

作品の解説で「青春小説」とジャンル分けしている記事があったけれど、それも納得。私は「人間失格」に共感するタイプではないということが、読んでみてわかったのだけど、この「火花」も「ああ、なるほどねぇ」という感じだった。つまらないというわけでもないのだけど、「ああ、わかる!」っていう感じでもない。「ふうん」という感じ。

でもたぶん、そこがいいのだ、きっと。

生身の人間が、なんかジタバタしながら生きて行く感じ、なのかな。

芸人をめざす主人公と彼が師匠と呼ぶ先輩芸人との日常。バックステージものとしても楽しめるのだけど、お笑い番組もお笑い芸人もあまり興味のない私にとっては、「へぇそうなのか」とは思うものの、「知らなかった、すごい」とまではいかず。「うわこんなことまで書いちゃってる」っていうわくわく感も特になかった。でもお笑いを知らない人でも入り込めるくらいの情報量はあって、それはバックステージの暴露というよりは、小説の成り立ちに必要な要素の一部として描かれているだけなのかもしれない。だから、読んでいても必要以上にうっとうしく感じなかった。

作者に近い、お笑いという世界を描いているけれど、有名になりたい、ビックになりたい、という若者の夢と現実とのギャップ、そこに向かってゆく過程と挫折、諦めというテーマは、誰にでも当てはまる。そこが、「人間失格」と共通するなと思ったポイントだと思う。


現代の長屋ハウス◆『おひとりハウス』篠原 聡子

薄い、絵本のような造りの写真集。ひとりが集まる共同住宅。ひとりだけど、みんなで住む家。そんな場所を作った人の想いや、住んでいる人たちによってもたらされた変化の軌跡。

以前から、シェアハウスのような、個室と共用部分があって、プライベートは確保されているのだけど、周りの住人との交流もできるような、そんな共同住宅があればいいなーと思っていた。それを実際に作った人がいたということで、興味津々で読んでみた。

実験的な部分も多くて、住人も20代30代の若い人達が多い感じ。自分が住むなら、縁側でお茶を飲むような、もう少し「枯れた」共同生活がいいのだけども、これはこれで参考になる。

個々の部屋と集まる空間があり、住民たちが交流して、自由に植物を置いたり、個展をしたり、鍋パーティーをしたり。学生寮のようなイメージ。若いときだったら楽しそう。こういう住宅がもっとあればいいのに、と切に思う。が、どの年代、どの家族構成でも住みやすいというものを作るのはかなり難しいのだろうな。